当事者視点で見る”職場の「困った人」をうまく動かす心理術”騒動

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発達障害に関連して、"職場の「困った人」をうまく動かす心理術"と題する書籍が発売前から炎上し、一部界隈で大きな話題になりました。
当事者サイドから批判の声が大きかった本書について、私はそのテーマや装丁から強い興味を抱き、診断済み発達障害当事者の立場として是非読みたいと感じました。
発売中止になることなく無事手元に届いたので、今回の騒動を通して感じたことを含め、個人的な考えをまとめておきます。

著者がクソ

中身について触れる前に、私自身が感じた本騒動の問題点について列挙しておきます。

まず、本書の著者である神田裕子氏は臨床心理士や公認心理士ではなく、産業カウンセラーの資格を過去に取得したのみであり、現在はその産業カウンセラー協会の会員ですらないようです。
(私の手元にある初版では表紙に「産業カウンセラー」とありますが、一度品切れになってからの再版分では「心理カウンセラー」に修正されています。)

比較的難度が低いとされる民間資格だからといって下に見ていいはずがありませんが、精神医学に精通しているかどうかが不明なのは事実です。
そのうえで、医師監修でもないのに、検査を伴わない簡易的な発達障害診断まがいの内容が含まれていることが問題視されました。
さらに、あたかもADHDやASDなどの一般的な特性かのように、極めて偏った内容が記載されていることも強く批判されました。

そもそも著者は、某有名反ワクチン医の著書を肯定的に子供に読ませているというエピソードからして、医療関連書籍の著者たりうるか疑問です。
さらに、炎上騒ぎを商機としているかのような発信から、人間性に問題があると捉えた人も多いでしょう。
自身をスーパーカウンセラーと称する肩書の信憑性のみならず、何ら医学的根拠のない「カサンドラ症候群」の専門家を名乗っている時点で、内容の信頼性が乏しいと断じられるのもやむを得ません。

ですが、この著者が発達障害を取り扱うに相応しくないように思えるからといって、書籍の発売を中止すべきなどと発売前から判別できるわけもありません。
そもそも、本など「1冊のうち3行だけでも自分にとって有益であれば買った価値がある」程度のものです。
極端な話、殺人鬼の書いた本でも中身によって意義を持つわけです。
日々の仕事において「いつも尻拭いしてもらって申し訳ない」「人間以下の立ち位置から少しでも人間に近付きたい」「健常者を模倣し擬態することは生涯をかけた課題である」と常々考えている私にとって、本書のテーマは自分の尻拭いをしてくれている人たちの思考を知るうえで一定程度有益な内容を期待できるものでした。

出版社がクソ

批判者の中に「なぜ出版社のチェックをすり抜けてこのような本の企画が通ってしまったのか」「出版社としての良識はないのか」という論調の人を見ましたが、何言ってんの?という感じです。
三笠書房は初期こそ海外文学出版社としての地位を有しましたが、一時期は自己啓発書の出版に傾倒していたことで知られています。
現在も、出版の一覧を見れば、怪しげなテイストのビジネス書や大げさな表現の心理系書籍、さらに「これだけで健康に」「食事で病気を治す」の類まで、眉唾な本が散見されます。

そこに向けて「売れれば何でもいいのか!」というような批判をするのはそれ自体が失当です。
刊行書籍の一覧をちゃんと見ましたか?
売れれば何でもいいに決まってるじゃねえか。

なお、今回の騒ぎに端を発して、元社員を名乗る方がSNS上で告発めいた投稿をしたりもしていましたが、仮にマジモンのブラック企業であるとしても本の中身には関係ないので触れません。

発売中止運動してた連中がクソ

本そのものも出版社も問題として、本件では批判者サイドが本当に論外でした。
私は今回の炎上を「ごく少数の声がでかいノイジーマイノリティがギャーギャー言ってただけ」だと認識しています。

特に、単に内容の問題を指摘するにとどまらず短絡的に「発売中止を求める意見を送ろう!」「電話で抗議しよう!」「オンライン署名にご協力を!」と騒ぐ連中は目にするのも不快でした。
その中には、出版社が声明で表現の自由を持ち出したことに対して「こんな差別本は表現の自由ではない!言われた側が差別と感じたらそれは差別なんだ!」と言いながら、書籍の発売を支持する私に向けて「白痴」という言葉を投げつけてきた輩までいました。
さも当事者代表かのような尊大な態度で「差別反対!」と言いながら、意見の異なる相手には直球の差別発言をしているわけです。

「自分は大学で法律の勉強をしていた。公共の福祉に反するからこれは表現の自由にはあたらない!」という趣旨の発言も見ました。
しかし、ちゃんと勉強していたのであれば、表現の自由を制限しうるだけの「公共の福祉に反する」のハードルがどれだけ高いか、仔細な検討もなくそう言い切ってしまうことがいかに危険か分かりそうなものです。
繰り返しますが、この本は炎上時点で未発売であり、公開されていたのは表紙や目次などの断片的な情報だけなのです。

そもそも、敵とみなした勢力の表現の自由を制限したら、それがブーメランとなって自分に返ってくることになぜ考えが至らないのでしょう?
発達障害を動物のように表現する本を発売中止に追い込むのに成功したなら、今度は当事者サイドからのカウンターたり得る表現が反発にあう番です。
相手の方が圧倒的多数派です。同じ戦略を取られたら勝てるわけがありません。

私はこれまで、いくら思想信条に反するとしても、反医療・反ワクチンだろうと歴史改竄だろうと、販売中止を求める運動や署名には加わってきませんでした。
「そんなものは表現の自由ではない」という言葉が、思いがけないタイミングで自分の首を絞めにくる可能性を常に懸念しているからです。
加えて、私は若い頃に「完全自殺マニュアル」に心を救われた経験もあり、あらゆる表現が世に出る前に止められてはならないと強く考えています。

もちろん、いくら是々非々で見るべきとはいえ、「絶対に超えてはいけないラインを超えている」と判定した企業に不買運動めいたことをするケースはあるでしょう。
私自身、「これは流石に許せないな、今後はこの人が絡んでいるのものは買わないようにしよう」と決めているものはいくつかあります。
また、年齢によるゾーニングは不可欠と捉えています。

しかし、その商品を必要とする人を無視した販売中止運動は行き過ぎです。
レベル感の違う話ですが、某宗教団体について徹底的に糾弾しつつも「解散命令はやり過ぎではないのか、信教の自由の侵害ではないか」と捉えるような客観的な視点、これを完全に失ってはならないと私は考えます。

以上より、同じ発達障害の当事者であっても、まだ出版されてもいない書籍に焚書運動をしていたような人たちは軽蔑します。
「私たち当事者は全員怒っています!」「こんな本の出版を許す当事者がいるわけがない!」とでも言いたげな独善性には吐き気がしました。
私は過去にもブログへのコメント等で「ニセ障害者」「名誉健常者」といった誹謗中傷を受けていますが、大学留年、休職・無職歴累計4年、通院歴15年、精神障害3級のれっきとした当事者です。

話題性それ自体が持つ価値

炎上騒動はネットニュース等でも取り上げられるに至りましたが、そもそもなぜこれほど話題になったのでしょうか?
それは、批判にさらされたタイトルや装丁が「人々に刺さる秀逸な表現だった」からに他なりません。

私はこれまで、発達障害当事者向けの書籍を数多く読んできました。
が、「当事者の困り事に寄り添う」的な優しい姿勢を前面に押し出している書籍は、自分に何らかの良い影響を与えてくれたことなどほぼありません。

私は、昭和の世の中よりも今の方が進歩的であり、確実に良い時代になっていると思っています。
絶対に過去に戻したいとは思いませんし、人権意識の高まりは歓迎すべきことです。

しかし、それでもやはり露悪的・暴力的な表現には、差別を排したお上品な表現にない強さがあります。
一例として、2022年に話題になった吉野家常務(当時)の「生娘シャブ漬け戦略」発言は大いに批判されましたが、「田舎から出てきた純朴な若者の舌が肥える前に味を覚え込ませる」という趣旨をこれ以上的確に表現できますか?
どんな優秀なコピーライターでも、「生娘シャブ漬け」という短い言葉に詰め込まれた情報量を「一発で理解できる」かつ「適切な表現で」再現するのは不可能だと思います。

本書の表現について、一部の医療者や当事者が「この部分を修正して趣旨をこのように変えたら炎上しなかった」「こういう表現の本なら買っていたかもしれない」などと好き勝手に言っていましたが、そんな誰にも刺さらない本は話題にもならないし誰も読まないんですよ。

発達障害関連の書籍で過去に強い表現を用いていた例を挙げると、(著者の悪い面が色々露呈しているものの)私はこの本↓には大いに助けられました。

こちらの本で一番感嘆したのが「部族の掟」という表現で、職場の不文律をこのように言い換えたからこそ強烈な分かりやすさと即効性を持ち得たと思っています。
普通に考えたら、「部族の掟」という言い回しは「未開の部族」「非文明人」を前提にしたものであり、見方によっては「疑問を抱かずルールに従う健常者を下に見た侮蔑的な表現」なのです。
発達障害当事者はそのことに意識を向けていましたか?

当然全てがそうではありませんし、今は過渡期なので遠からず状況は変化していくのでしょうが、時に悪辣な表現は極めて強い説得力をもって意識を変えてくれます。
以上より、毒にも薬にもならない発達障害ライフハック本に飽き飽きしていた私は、今回の炎上本に強い期待を抱いたのです。

表紙だけの出オチで残念

先述の通り、本などたった3行だけでも自分にとって有益な記述があれば相応の価値を見出だせるものです。
その観点でいえば、本書は私にとって一定程度価値のあるものでした。

まあ、表紙から期待されるほど切れ味のあるテキストが無いことは残念です。
「特定の属性を」「あなたを苦しめる困ったさん扱いして」「動物に例える」という地雷原を踏み抜いているわりに、中身の文章はさほど極端なわけでも尖っているわけでもありません。
当事者にとっては、単に「このような立ち居振る舞いによってこんなふうに見られうるのだな」という視点を得られるのみ、と言ってしまっていいでしょう。
とはいえ、それを書籍から明文化した形で摂取できることはそう多くないので、それこそが当事者目線での本書の価値といえます。
また、フラットに見れば「自己評価が高い人に向けた、ちょっと悪辣な言い回しが含まれるビジネス書」という捉え方もできます。

ただ、読んでいて違和感があったのが、終始「檻の外から動物を見ているような視点」が貫かれている点でした。
働き始めて鬱病になった人や、成人してから精神障害者手帳を取得した人には伝わると思いますが、「こっち」と「あっち」の境界線って実際には本当に曖昧なんですよね。
我々があっちの人の手首を掴んでちょっと引っ張るだけで、彼らはこっちの住人になってしまうわけです。

しかし本書からは、「仕事がデキる私たち」と「困ったさん」の間に明確かつ強固な柵があるかのような意識が終始にじみ出ています。
「あなたも誰かにとっては困ったさんかもしれない」という記述こそあれ、それもあくまで「見る人によってはね笑」程度のニュアンスです。
どうせなら「困った人たち」サイドの苦労にも触れつつ、「お世話係として尻拭いを『してあげている』あなたも、明日には尻拭い『してもらう』困ったさん側に落ちているかもしれませんよ…?」ぐらい悪い方向に振り切ってほしかったですね。

あと単純に文章のレベルが低くて読み物として面白くない。

結局どういう人向け?

本書をどのような人にならおすすめできるか、というのは正直あまり思い浮かびません。
私のように「健常者サイドの思考パターンを知ることで、『人間』を演じる精度に磨きをかけたい」という向きには物足りないでしょう。

例えば、発達障害や精神疾患の当事者あるいはその親などの立場から「当事者がどのような悪意ある視線に晒されるのか知っておきたい」というような場合には、心構えの面でいくらか参考になる可能性もあると思います。
「朝令暮改上司への対応」など一部の項目は、「若手社会人向けのビジネス書にちょっと癖のあるガワを被せて読み物に振った内容」と言っても通ると思えるものでした。
あるいは、本当に頭の固い上の世代の人、「LGBT?オカマの話か?」「鬱病なんか気のせいだ!」レベルの人に対し、自尊心を損ねない程度に最近の実情を知ってもらう本として意外と相性がいいかもしれません。

まあ何にせよ、個人的にはそこそこ楽しく読ませてもらいましたが、何度も読むほどの本ではないので、品薄のうちに売ってしまおうとヤフオクに出しました。
転売目当てで買ったわけではないので1円スタートです。
読みたいのに買えなかった方はよければ入札してください。

初版 職場の「困った人」をうまく動かす心理術 ... - Yahoo!オークション
話題の炎上本です。障害当事者として普通に読みたくて買いました。個人的にはそこそこ面白く読ませてもらいましたが、何度も読むほどのものでもないので出品します。さほど気を使わず一度全体ザーッと読んでますので、新品同様の美品とはいかないと思います。...

早速ウヨウヨ湧いてるわAmazonのレビューをポエム置き場と勘違いしてるアホが。

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