ギターやベースについて、私が楽器を始めた20年以上前、あるいはもっとずっと昔から、「リバースヘッドやブリッジでの裏通しによって弦のテンションを稼ぐ」という言い方がされてきました。
その一方で、「物理的に考えてそんなことで弦のテンションは変わらない」という反論も数多くなされています。
これについて、「テンション」という言葉が指すものを定義し、「何が変わって何が変わらないのか」を整理したうえで、簡単な実験によって個人的な長年の疑問の解消を目指したいと思います。
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用語の整理
まずはじめに、本記事で使用する用語をまとめておきます。
楽器の仕様や弦に関する用語として、混同を避けるため以下のように表記します。
・ノンリバースヘッド
Fenderの通常仕様の楽器に見られるペグ配置のヘッド。
右利きのギターであれば、正面から見て左側にペグが6個並ぶことから「L6」等とも呼ばれます。
本来ならばこちらの方が先であるところ、「リバースヘッドの対概念」かのような呼び方には違和感がありますが、誤解を避けるため「ノンリバース」という呼称を用います。
・リバースヘッド
一般的なFender系とは逆側、構えたときに下側にペグが並ぶ配置のヘッド。
こちらは正面から見て右側にペグが6個並ぶので「R6」等とも呼ばれます。
このリバースヘッドについて「低音弦のテンションが稼げる」ことをメリットとする説があり、今回はその真偽を検討します。
今回の実験で登場する、私の現在の手持ちのギターはリバースヘッドです。
・スケール
ブリッジサドルからナットまでの距離。
ギターやベースのカタログスペックで「スケール〇インチ(またはmm)」と書かれている長さです。
日本語では「弦長」と呼びますが、以下の用語と紛らわしいのでこの記事では「スケール」で統一します。
・総弦長
スケール外の弦の長さを含む、「弦のボールエンドからペグポストまでの長さ」を「総弦長」と呼ぶことにします。
音程に作用する有効範囲である「スケール」の外側も含む長さです。
(ペグポストに巻きついているぶんの弦の長さは含みません。)
・スケール外弦長
ペグポストからナットまでの部分と、ブリッジサドルからボールエンドまでの部分、「総弦長-スケール」の長さを「スケール外弦長」と呼ぶことにします。
例として、ヘッドレスギターやヘッドレスベースはこのスケール外弦長が短いと言えるはずです。
・張力
この記事で「張力」というときは、弦にかかる張力(引っ張られる力)そのものを指します。
これを原則「テンション」とは呼びません。
・ピッチベンド感度
チョーキングやアーミングによって弦の張力を上下させると、その結果として音程も上下します。
その際、弦を同じ距離だけ引っ張った時に音程が変わりやすいか変わりにくいかの尺度として「ピッチベンド感度」という言葉を用いることにします。
仮に「軽いチョーキングで音程を上げられるギター」と「思いっきりチョーキングしても音程が上がりきらないギター」があるとするなら、前者はピッチベンド感度が高く、後者はピッチベンド感度が低いといえます。
先行研究による結論
本題に入る前に、既にインターネット上に存在する偉大な先行研究があるので、まずはそちらを一読いただければと思います。
個人ではそうそうできないレベルの実験を、リペア工房「O2Factory」さんがやっていらっしゃいます。
(※こちらの工房は私の家のすぐ近くにあり、度々お世話になっています。)
国産スティングレイの製造に携わった経験談を元に、裏通しのデメリットについても触れられています。
また、クラシックギター製作の「山本ギター工房」さんでも弦張力に関する実験をされています。
実験用のネックを作成し、「ナットから糸巻きまでの距離による張力の違い」も含め測定されています。
これらの結果からも明らかな通り、同じ弦・同じチューニングであれば、
・弦をペグポストにたくさん巻きつけたり、ストリングガイドを付けたり、ブリッジで裏通しにしたりして、ナットやブリッジサドルで弦が曲がる角度を深くしても、弦自体の張力は変わらない。
・これによって変わるのは「弦をナットやブリッジサドルに押し付ける力」である(※それによって音色変化が生じる可能性は余地として残る)。
・リバースヘッド採用により、ナットからペグポストまでの距離を長くしても、弦自体の張力は変わらない。
という話で終わってしまいます。
先行研究が導いた結論は、質問サイト等でよく見られた回答と同様のものであり、「リバースヘッドや裏通しで弦の張力が変わることは物理的にありえない」という言説の根拠になると言えます。
同じ弦を張って、同じスケールで、同じ音程という条件であれば、総弦長がいくら長かろうが(すなわちリバースヘッドかどうかに関係なく)、弦にかかる張力そのものは変わりません。
同じチューニングで弦の張力を強くするなら、弦長(スケール)を長くするか、弦を太くするかしかないわけです。
(※なので、「スーパーロングスケールは弦の張力が強い」「マルチスケールは低音弦の張力が強い」というのは当然正しいです。)
「テンション」は「弦の張力」ではない?
では、なぜ昔から「リバースヘッドでテンションを稼ぐ」「裏通しでテンションを稼ぐ」という言い方がされているのでしょうか?
音楽雑誌も楽器店員も嘘をついていたのか?
しかし、実際に弾き心地として明確な差異を感じた経験がある人も多いはずです。
私自身もそうです。
だって絶対にリバースヘッドのギターの方が低音弦の音程がブレない!気がする!
ここには、楽器業界で「テンション」という言葉が雑に利用されてきたという問題が横たわっています。
最初に定義しました。この記事ではテンションという言葉を極力使いません。
世間でギタリスト・ベーシストが使っている「テンション」という用語が、性質の異なる3つの意味を内包しているせいで話がややこしくなるのです。
考えるに、「テンション」という概念は、
①弦にかかる張力そのもの
②ナット・ブリッジに弦が押し付けられる力
③ピッチベンド感度の差異による音程の安定性
がごちゃごちゃになって使われています。
他にもあるかもしれませんが、ここではこの3つとさせてください。
これらを適切に切り分けなければなりません。
弦が押し付けられる力
①の「弦の張力」こそが本来の「テンション」であるとして、そこから一番趣旨の異なる概念が②の「ナット・ブリッジに弦が押し付けられる力」でしょう。
ナットやブリッジでの弦の進入角が深くなることで②の力が強くなっても、弦の張力自体は変わらないという結論が既に出ています。
ですが、ひとつの仮定としてこの力が例えばピッキング直後の過剰な弦振動を抑制する結果を招き、いわゆる「タイトな音」に繋がるとすれば、これは一般的な「弦の張力が強くなることで得られるであろう音色変化のイメージ」に合致します。
ヘッドのテンションバーやストリングガイド、あるいは弦の裏通しによって音色変化が生じるとしたら、それは「弦の張力が強くなったことによるもの」ではなく別の要因によるものでしょう。
にもかかわらず、それを楽器業界では「テンションを稼いだことによる変化」と雑に言い続けてきたと考えるのが適切であろうと思います。
ピッチベンド感度について実験
ではここで、③について体感してみるべく、簡単な実験をしてみましょう。
あらかじめお断りしておくと、以下の内容は先に紹介したリペアショップさんの実験の精度とはほど遠く、「指先の感覚を証明するために簡素な実験の結果を利用する」程度のものです。
とはいえ、「スケール外弦長の違いによるピッチベンド感度の差異」を見出すための簡単な実験としてはなかなか適切な方法だと思います。
今回は、全く同じ弦(042)を1弦と6弦に張って比較していきます。
指先の感覚に頼らず、かつ手持ちの部材で簡単にピッチベンド感度の差異を可視化するため、実験器具として簡易ドロップチューナー「Pitch Key」を使います。
弦のチューニングは、広く知られるドロップDチューニングを用います。
すなわち、レギュラーチューニング6弦開放のEと、一音下のDを行き来するわけですね。
私のギターはリバースヘッドなので、1弦の方がスケール外弦長が短く、6弦の方がスケール外弦長が長いです。
これにより、分かりやすく「リバースヘッドの効果」と言われているものを評価できると考えます。
まずは1弦に張った場合から。
Pitch Keyはチューニングが下がっている状態がニュートラルなので、まずDにチューニングした状態でPitch Keyを装着し、
ノブを回したときにEに上がるように調整します。
1弦では、この赤矢印の距離ぶん引っ張り上げることでチューニングが全音上がるということです。
続いて6弦で同じことをやってみましょう。
チューニングをDに合わせた状態からノブを回すと、Pitch Keyのセッティングは先ほどと全く同じにもかかわらず、
ほら!チューニングがEまで全然上がり切ってない!!!
※以上で使用したチューナーは、TC Electronicの「UniTune Clip」です。
これは本当にクリップチューナー界最強なのでオススメです。
特にベーシストはこれ一択レベルです。
考察
実験の結果、同一条件下においては、スケール外弦長が長い方がピッチベンド感度が低い(引っ張りの影響を受けにくい)と言うことができそうです。
すなわち、ナットからペグポストまでの距離が長い方が、「外的要因によるチューニングの変化に強い」、「ピッチのブレが少ない」と言えるはずです。
これにより、「ダウンチューニングや多弦ギターはリバースヘッドが良い」という定説については、弦張力とは関係ないものの、リバースヘッドは低音弦のピッチ安定に一定の効果を持つという裏付けがありそうだと考えてよいでしょう。
極太弦によるダウンチューニングであれば、少しペグを回しただけで大きく音程がずれることを経験的に知っている方も多いと思います。
以上より、メタル系のギタリストがリバースヘッドを好むことや、FoderaのExtended Bのような仕組みには、弦の張力は変わらないにしても一定の根拠があると言っていいのではないでしょうか。
さらに、これは楽器の構造にもよりますが、ブリッジでの弦裏通しについても、トップロード(表通し)よりもスケール外弦長が長くなっているケースがあるのではないかと思います。
リバースヘッドについて(一応の)結論
「総弦長が長いほど張力が強くなる」というのは迷信で、リバースヘッドにしたところで低音弦の張力が強くなるわけではない。
弦と音程が同じであれば、張力を決める要素はあくまでスケール(ナット〜ブリッジサドル間の距離)である。
ただ、ノンリバースヘッドとリバースヘッドでは、弦ごとのピッチベンド感度(=弦が外的要因から影響を受けた際のピッチの安定性)は変わるはず。
スケール外弦長が長い方がピッチベンド感度が低くなる、すなわち音程が外的要因による影響を受けにくくなることが期待できる。
この点から、太い弦を張ってもなお弦張力が緩くて足りないダウンチューニングのギターや多弦ギター・ベースにリバースヘッドが採用されるのは理にかなっているのではないか?
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先に書いた通り、私の実験は決して精緻なものとは言えないので、「はず」「ではないか?」としています。
実際には「有意差なし」程度のデータかもしれませんし、まだまだ検討の余地があると思います。
それに、逆に「スケール外弦長が極端に短いヘッドレスギターであれば、そもそもスケール外弦長の部分に外的要因が作用しにくく、総弦長の短さに起因して伸びしろも少ないので、結果としてチューニングが安定する」という仮説もまた成立し得るでしょう。
そもそもチューニングの安定性には、他にもネック剛性による反りの程度や温度変化で生じる弦の伸縮など、あらゆる要素が複雑に絡み合っているはずです。
私に思い付くのはここまでですので、このテーマに関する興味と知識と時間がある奇特な方、ぜひ深堀りしていただければと思います。
↓私が弦を切るのに使っているおすすめのニッパーはこちら。
2mmのピアノ線、3.4mmの中硬線がカットできるとのことだけあり、軽い力でスパスパ切れます。