日本の住宅事情ではアンプから大きい音を出すのが難しいことに加え、近年は「演奏してみた」系の動画配信等も一般化し、楽器の「ライン録り」はもはや必須といえます。
しかし、初心者や機械が苦手な方にとっては「ミキサーやオーディオインターフェースといった機器に加え、パソコンのソフトや各種ケーブルも必要となると難しくて分からない」というケースも多いと思います。
今回、これらの追加機材なしにスマホで簡単にライン録音と動画撮影ができる「PianoRec」を買ってみたので、ギター・ベースでの使い方を解説します。
そもそも「ライン録り」とは何なのか
私自身、初心者の頃には「ライン録り」「ライン録音」の意味が全く分かっていなかったので、まずは「そもそもライン録りって…?」という方向けに分かりやすさ重視の説明をしておきます。
「ライン録り」について考える前に、その対概念として、身近な「マイク録り」について考えてみましょう。
本格的なマイクを使った録音に限らず、スマホのカメラなどを使って音を録るのも実質マイク録りです。
音は空気の振動であり、その振動を何かしらのマイクで拾って録音したら、それはもう全部マイク録りなわけです。
ボーカルや、楽器であればバイオリンやサックスなど、「歌や生楽器の録音はマイク録りである」と考えてよいでしょう。
これに対し、とりあえずものすごく雑に「マイク録りじゃないもの」がライン録りだとイメージしてください。
例としては電子ピアノが一番わかりやすいと思います。
電子ピアノは、弦(ピアノ線)を叩いて音を鳴らす本物のピアノとは違って、鍵盤を押すことで内部に保存されている音色がスピーカーやヘッドホンから出てくるものです。
ライン録りは、その電子ピアノの音がスピーカーから実際に出てきて空気を震わせる前に電気的に録音するようなイメージです。
では、エレキギターやエレキベースのライン録りとはどのようなものでしょうか?
エレキギター・ベースも、基本的にアンプから音を出す、すなわち空気を震わせるものです。
弦振動による生音も必ず発しているので、常に空気の振動を伴う「実際の音」が鳴っているようにも思えます。
しかし、エレキギター・ベースからシールドを通ってアンプに向かう音は電気信号なので、スピーカーから音を出さずにアンプのヘッドホンアウト等からライン録りすることは可能なわけです。
「マイク録り」と「ライン録り」のメリット・デメリット
最初に書いたとおり、日本の住宅環境で音楽配信等の活動をするなら、多くの人にとってライン録りは必須といえるのが現代の状況です。
とはいえ、すべての演奏者にとってライン録り環境が絶対必要というわけでもないでしょう。
そのあたりを整理すべく、マイク録りとライン録り、それぞれについてメリットとデメリットを考えてみましょう。
(※あくまで「一般家庭でアマチュアが録音すること」を主眼に書いています。)
マイク録りのメリット
なんせマイク録りは一番手軽です。
もちろん本格的なマイクは高価ですが、ほとんどの人が当たり前にスマホを持っている昨今、「マイク録りによる録音・録画」はまさに誰にでもできるものと言えます。
マイク録りのデメリット
他方、マイク録りは本格的にやろうとすればするほど際限なくハードルが上がります。
技術的な難しさとして、ギターアンプの前にマイクを立てる時など、位置やスピーカーからの距離で全く別物の音になってしまうことが知られていますが、スマホで簡易的に録るにしても「実際に耳で聴いた音と録音した音が全然違う」というのはよくある話です。
特にベーシストであれば、ベースの低音が割れてしまったり、逆に低音感のないスカスカな音になってしまったりという経験をした人も多いでしょう。
また、「不要な音まで録音されてしまう」ことも大きなデメリットです。
電子ピアノのゴトゴトいう打鍵音や、ギターの弦をパチパチ弾く生音、あるいは外の騒音・家族の生活音なども入ってしまうため、一般家庭で綺麗な音でマイク録りをするのは難しいといえます。
乱暴な言い方をすれば、初心者がスマホで動画を録る程度のレベルの話であれば、マイク録りのほうが圧倒的に音が悪いのです。
ライン録りのメリット
「不要な音を排除した綺麗な音で録れる」のがライン録りの最大のメリットです。
ヘッドホンアウトから出てくる音をそのまま録音できるわけですから、生音や周囲の雑音を排除できます。
ライン録りのデメリット
メリットの裏返しですが、例えばギターの音をライン録音するとき、話し声は全く録音できません。
おしゃべりと楽器の音を同時に録るとなると「ギターのライン録りの音とは別系統で声をマイク録りし、音声を混ぜる」というようなことをしないといけません。
そこまでやらないにしても、ライン録りについて「難しそう」というイメージを持っている人は多いと思います。
実際、自宅でライン録りをするには一定程度の機材知識が必要といえます。
以前、配信機材として超定番のYAMAHAのミキサー「AG03」とiPhoneで電子ピアノの演奏動画をライン録りする記事を書き、多くの方に読んでいただきましたが、「極力簡単に」というコンセプトで書いたものの、内心「初心者にはこれでも複雑すぎるよなあ」と感じていました。

PianoRecという「最小限ライン録りセット」
前置きが大変長くなりましたが、そのライン録りを極めて簡易的に実現できる商品が、KORGが2024年の12月に発売した「PianoRec」です。
これが一体何かというと、要は電子ピアノのヘッドホンジャックとAndoroidスマホを直接繋ぐことができるマイク付きイヤホンです。
箱の裏のこの図が一番わかりやすいです。
「楽器のヘッドホンジャックからUSBでスマホに接続すれば、普通のカメラアプリで動画撮影するだけで音声がライン録音され、その音をイヤホンで聞きつつ、自分のしゃべる声も録音できる」というのを1つの商品だけでまかなえるのは、私は初めて見ました(以前にも似たようなものがあったらすみません)。
その名の通り、電子ピアノのライン撮り用ツールとして販売されていますが、当然ギターアンプ等のヘッドホンジャックから接続することも可能です。
マイク付きイヤホンのマイク機能はミュートスイッチでオンオフできます。
このイヤホンは取り外せるので、マイクが不要であれば、もちろん普段使っているヘッドホン等を挿してもかまいません。
また、USBの先を挿し替えて、写真上側のようなLightningとUSBの変換アダプタ(別売り)を接続すれば、Lightning端子のiPhoneでも使えます。
上の画像に写っているのは、私が以前買った「Lightning-USB 3カメラアダプタ」という商品です。
先に紹介したYAMAHA AG03の記事でも書きましたが、これは絶対にApple製の純正品を使ってください。
「純正品質」などと書いてある中華メーカー製品や、日本製だからと別メーカーの製品を買ったりすると、「ちゃんと音声が録音できない」といった事故が頻繁に起こります。
充電用途だけであれば安物のケーブルでも使えますが、Lightning端子が本来持つ機能を活用する場合には、高くてもApple純正品を買わないと結果的に損します。
とにかくシンプルに済ませたい人に
楽器演奏をしながらのちょっとしたおしゃべり配信や、機材レビュー的な動画の撮影用途として、シンプルに済ませたいならこれ以上の商品は他にないと思います。
ギターアンプとAndroidスマホ、そしてこのPianoRecだけで、演奏動画の音質に悩む余地をかなり少なくすることができます。
あとは、安物でもいいので、1m以上の高さで固定できるスマホ用三脚でもあれば、それなりのライン録り演奏動画が作成できるようになります。
とはいえ、いくつか欠点もあります。
まず、「イヤホンと撮影用スマホと楽器を接続する」という用途からして仕方ないのですが、コードがかなり長いです。
絡まりやすいので、三又に分かれた各コードをそれぞれケーブルタイでまとめる等の工夫は必要です。
また、分かりやすさ重視で機能が省かれているゆえに、PianoRecそのものには個別の音量調整の機能がありません。
楽器の音とトークを両方録音するのであれば、声の大きさに合わせて楽器の音量の方を調整する必要があります。
あと、これはスマホの性能に依存するかもしれないのですが、音声信号の流れが「楽器→スマホのカメラ(録音・録画)→カメラを経由した音をイヤホンで聞く」となっているためか、若干のレイテンシー(音の遅れ)がありました。
ただ、私のスマホは2万円ぐらいの安物端末なので、処理能力の高いスマホであればレイテンシーは発生しない可能性もあります。
ともあれ、機材方面が苦手な方で「費用をかけずにライン録りがやってみたい」「なるべく追加の機材を買うことなく演奏動画の音質を上げたい」という場合にはかなりおすすめできる商品といえるでしょう。
拡張性はあまりないとはいえ、接続方法次第で何か面白い使い方もあるかもしれません。
決してピアノ専用の商品ではないので、動画作成にチャレンジしてみたいと思っている電気楽器奏者の方はぜひ試してみてほしいと思います。