長年その構想が伝えられてきた、Matthew Kiichi Heafy (TRIVIUM)のブラックメタルプロジェクトの楽曲がついに発表されました。
ただ、そのバンド名が「IBARAKI(茨鬼)」であることについて、「どういう意味?」と疑問に感じた人も多かったようです。
私はこれに関連して調べた内容を2021年の夏ごろにTwitterに投稿していたので、改めて記録としてまとめておこうと思います。
キイチ推しの話
まずはちょっとした前置きから。
こんなブログ記事をわざわざ書くぐらいだから熱心なTRIVIUMファンかと思われそうですが、すいません、大したレベルではないです。
ライブは来日公演を1回観たぐらいですし、アルバムも毎回追いかけてはいるものの、愛聴盤というほど聴いたのは「Shogun (2008)」と「In Waves (2011)」ぐらいです。
ただ、Matt Heafyのセンスにはとんでもないものを感じており、その象徴と言えるのが、2005年リリースのROADRUNNER UNITEDのアルバム「The All-Star Sessions」でした。
このRoadrunner Recordsの25周年記念プロジェクトにおいて、なんせ彼は、Joey Jordison (SLIPKNOT)、Robb Flynn (MACHINE HEAD)、Dino Cazares (FEAR FACTORY)という錚々たる面子とともに、当時若干19歳にしてチームリーダーに選出されたのです。
King Diamondをボーカルに迎えたシアトリカルな「In the Fire」や、ボーカルDani Filth (CRADLE OF FILTH)、ベースSean Malone (CYNIC)、ドラムMike Smith (SUFFOCATION)という他では絶対にありえないメンバー選定が強烈な化学反応を起こしたブラックメタル曲「Dawn of a Golden Age」は、アルバム全体の中でも特に出色でした。
また、私が彼を推すもう一つの理由が、その人間性を感じさせるエピソードです。
ステージでのロックスター然とした立ち居振る舞いの一方で、長髪をバッサリ切ってヘアドネーションで寄付したり、「Gibsonを使うとキッズが自分と同じものを買えないから」とライブでEpiphone製のシグネチャーモデルを使ったり、というものです。
加えて、私が1985年生まれというのもあるかもしれません。
アメリカと日本の教育制度は異なりますが、岩国で1986年1月に生まれたMattは、日本の年度の区切りで言えば私と同学年になります。
私自身中国地方の出身なので、100回ぐらいタイムリープを繰り返したら彼と同級生の世界線とかあったんじゃないでしょうか。
どうでもいいですね。すいません。
ともあれ、以下、一方的な親愛を込めて彼のことは「キイチ」と表記します。
茨木童子(いばらきどうじ)について
さて、ここで本題の「IBARAKI」の話に移ります。
IBARAKIとは、平安時代に京の都で暴れ回った凶悪な鬼、「茨木童子(いばらきどうじ)」のことです。
なので基本的に漢字では「茨城」ではなく「茨木」になります。いばらぎではない点にも注意。
なお、国内におけるバンド名の漢字表記は「茨鬼」となっています。
これは造語のようなのですが、歌川国貞による「茨鬼 戻橋綱逢変化」にも「茨鬼」の表記がありますね。
茨木童子は知らなくても、「酒呑童子(しゅてんどうじ)」という名前なら聞いたことがあるかもしれません。
酒呑童子は三大妖怪に数えられるほど人々に甚大な被害を及ぼした鬼ですが、その酒呑童子が従えていた配下の一人が茨木童子です。
いずれも若い人の間では、FGOをはじめとしてソシャゲの美少女キャラとして有名になってしまった感があるのですが、本来は酒呑童子・茨木童子ともに極めて恐ろしい妖怪として伝えられています。
で、2020年6月、キイチがInstagramに投稿したABASI CONCEPTSの8弦ギターがこちらです。
(※分かりやすいよう画像回転)
(引用元:Instagram)
Twitterで即座に元ネタを突き止めた方がいたのですが、この絵は月岡芳年の「羅城門渡辺綱鬼腕斬之図」、縦二枚継絵の上部分でした。
実在の武将、渡辺綱(わたなべのつな)に襲いかかる鬼の姿を描いたもので、この鬼を「茨木童子」と見るケースがあります(後述)。
また、キイチの全身のタトゥー(というかもう「刺青」ですねこれは)はいずれも浮世絵をモチーフとしていますが、左腕に彫られているのがまさにこの絵です。
(引用元:TATOO.COM)
そして、これは私も全く知らなかったので調べた時に驚いたのですが、2015年のアルバム「Silence in the Snow」のジャケットから大きくフィーチャーされるようになった白い鬼のキャラクター、こいつの名前もIBARAKIでした。
「魂の崩壊」
そしてついに公開されたIBARAKIの楽曲、「Tamashii No Houkai」です。
ギターソロをIhsahnが弾いているほか、歌詞もキイチとIhsahnの共作となっています。
元々このプロジェクトでは北欧神話などをモチーフにすることが計画されており、バンド名もMRITYUとなる予定でしたが、Ihsahnが「でも西洋の神話はネタとして既にやり尽くされてるし、せっかくなら日本の歴史モチーフにして独自路線攻めたら?(意訳)」と提案したことで方向性が固まったようです。
この一曲だけではまだ全体像が見えませんが、TRIVIUMのカラーとは異なるキイチの趣味嗜好が強く出ている面が端々から感じられます。
【追記】アルバム「羅生門」リリース決定!
アルバムの発売が2022年5月6日であることと、タイトル「RASHOMON(羅生門)」が正式に発表されました。
先の絵のタイトル「羅城門渡辺綱鬼腕斬之図」の通り、渡辺綱の鬼退治の舞台が平安京の羅生門(※羅「城」門は当時の表記)なので、ここから着想したものと思われます。
なお、古い伝承につきものですが、渡辺綱が鬼の腕を切り落とした場所や、その相手の鬼が茨木童子なのかについては複数のバリエーションが存在します。
有名な「平家物語」では、鬼との戦いの舞台は堀川に架かる一条戻橋となっています。
一方、これを元にしたと考えられている謡曲「羅生門」では、その舞台が羅生門になっています。
そして、本来はこの「羅城門の鬼」は茨木童子とは別の鬼であったところ、その後の謡曲では相手の鬼が茨木童子に変わっており、このあたりから「羅城門の鬼」と「茨木童子」が混同、あるいは同一視されるようになったようです。
このあたりは立命館大学アート・リサーチセンター「ArtWiki」の「茨木童子の受容と変遷」の項目に詳しいので、興味のある方はご一読ください。
(キイチはこのへんめちゃくちゃ調べてる人なので、そのあたりは理解したうえでストーリーに組み込んでるんだろうなと思います)
ともあれ、アルバムの発売を楽しみに待ちたいと思います。
以下、情報を適宜追記します。
まずは2曲目に公開された「Akumu」。
ゲストにポーランドが誇るブラッケンドデスBEHEMOTHから、フロントマンのNergalが貫録のボーカルを披露。
そしてSIGHの川嶋未来が行ったキイチとIhsahnへのインタビュー。これは必読です。

「Rōnin」ではなんと、インタビューでも言及されていた予想外のゲスト、MY CHEMICAL ROMANCEのGerard Wayが叙情溢れるスクリームを聴かせてくれます。
「Kagutsuchi」ではTRIVIUMの盟友Paolo Gregolettoがベースソロ(5:13~の箇所?)で参加。
【追記】ちょっとしたレビュー
予約していたのが無事届いたので通して聴きました。
これを「ブラックメタル」と呼ぶかどうかには賛否がありそうですが、「キイチが大好きなブラックメタルのエッセンスをこれでもかと散りばめた、キイチのキイチによるキイチのためのメタル」という感じがします。
「結局TRIVIUMっぽい」という評価も当然あるでしょうが、曲の構成だけでなく、シンセの使い方等含め、TRIVIUMでは絶対に採用しないであろう表現がそこかしこに登場します。
特定サブジャンルの名を冠するには収まらない幅の広さは、これこそがキイチの「やりたかったけどTRIVIUMでやることじゃない」の集大成なのでしょうね。
少しだけフィーチャーされている日本語歌詞に色々と改善の余地があるのはご愛敬ですが、正直、ここ数作のTRIVIUMのアルバムよりだいぶハマっています。
IBARAKIとしての来日公演にも期待したいですね。