私自身の話ではないのですが、ごく身近なところでパワハラ→鬱病→退職のような事象が発生してしまいました。
弁護士さんに依頼しても目指した解決には至らなかったのですが、その過程で気付いたパワハラされたときの意外と見逃しがちな注意点も含め、記録を残しておこうと思います。
(※少し前の話ですが、特定を防ぐため、内容の一部に脚色を加えています)
入社前後のギャップ
本件の主人公をAさんとしましょう。
転職活動を行っていたAさんは、大手企業のB社から内定を得て、B社で働くことになりました。
B社はそれなりに名の通った会社で、給与等の待遇は前職から大幅アップ。
入社当初、Aさんは「ここで長く働くぞ!」と考えていました。
しかし、働き始めたAさんを待っていたのは、求人に書かれていた内容とは程遠い昭和気質の職場環境でした。
管理職にはろくなマネジメントスキルもなく、部署間の業務分担や、部署内の誰がどの案件を担当しているのかすら明確に管理されていない状態。
研修で講師を務める社員が研修の中身と業務の関連性を全く理解していないなど、社員教育は実質ゼロ。
さらに、同じ部署の若手社員もろくな指導を受けられておらず、明らかに教育不足が原因の失敗を繰り返しているのに、ただ失敗を責められてばかり。
そのうえ、これらの問題点を指摘する人も誰一人としていなかったのです。
パワハラによる適応障害の発症
そしてAさん自身も、まともなマニュアルのない事務処理や未経験の業務における小さなミスを、他の社員の目の前で長時間にわたり大声で叱責されるということが続きました。
また、そのようなパワハラだけでなく、「上司がAさんに割り当てた仕事が本来は年配の別の社員の担当業務で、やったことが全て無駄になった」「Aさんの発案による企画が全く別の社員の手柄になった」ということもありました。
このような状況が何度も繰り返され、入社後3ヶ月ほどでAさんは心身の調子を崩すようになり、勤務中に意識が遠のくことさえありました。
その後、Aさんは心療内科に通院するようになりましたが、服薬だけでは回復せず、「配置転換をしてもらえないだろうか、それが無理なら休職したほうがいいかもしれない」等と考えるようになりました。
人事面談の罠
そこでAさんは、人事担当のCさんに相談しました。
部署内では四面楚歌状態だったAさんですが、人事のCさんのことは信頼できる人物だと考えていたのです。
CさんはAさんに「人事部長との面談をセッティングして私も同席します。私はAさんの味方だから大丈夫。良い方向に話が進むといいですね!」と言ってくれたので、Aさんは安心して人事部長との面談に臨みました。
この面談でAさんは、部署の異動や休職、そしてパワハラについても相談するつもりでした。
しかし、この人事との面談で、思いがけないことが起こります。
人事部長は完全に会社側の人間で、「入社して大して間もないくせに会社のやり方に文句をつけるとはどういうことだ」「部署を異動しても何も変わらない」「休職したところでまた体調を崩すんだろう、そもそもこの仕事が向いてないんじゃないか?」「休むならその間に身の振り方を考えろ」などという発言を繰り返したのです。
さらに、Cさんも完全に人事部長に同調しており、全くAさんに味方してはくれませんでした。
最終的に、残っている有休の消化を含めて1ヶ月間休めることにはなりましたが、この時点でAさんはB社で働き続ける意欲を完全に失ってしまいました。
Aさんはスマホの録音機能を使い、途中からではあるものの、この人事面談の様子を録音して証拠に残すことができました。
しかし本来、「人事は社員の味方のはずだ」「この人とは仲が良いから安心だ」と気を抜かず、この人事面談も事前に警戒し、最初から録音しておくべきでした。
また、最近はスマホでも高音質の録音ができますが、ハラスメントの証拠を残す目的であれば、常に録音しっぱなしにしておけるよう、スマホではなく、長時間録音が可能な小型の録音機をポケットに忍ばせておく方が良いといえます。
会社都合退職を目指して弁護士に交渉を依頼
度重なるハラスメントにより既に疲弊しきっていたAさんは、人事との面談で完全に希望を失い、「もう会社を辞めよう」と考えました。
人事部長の「この仕事が向いてないんだろう」という発言は「辞めろ」と同義のように感じられましたし、仮に休職しても、また復帰後に上司に怒鳴られる日々が戻ってくると思うと足がすくむ思いでした。
しかし、ここで自発的に退職届を提出すれば「自己都合退職」として処理され、3ヶ月経たなければ失業手当をもらうことができません。
すぐに次の仕事が見つかるのか?という点についても、短期間で退職した後に新しい仕事が簡単に見つかるとも思えません。
一方、解雇された場合などは「会社都合退職」となり、3ヶ月待たずに失業手当を受給できます。
そして、パワハラによる退職は会社都合退職とすることが可能です。
この失業手当の金銭的なメリットから、Aさんは「会社都合退職にしてもらうよう会社と交渉するべきでは?」と考えました。
ただ、Aさんには既にそのような気力がありませんでした。
そもそも「パワハラがあったのだから会社都合退職にしてほしい」とB社に申し出たところで、B社側が素直に応じるとも思えません。
このような場合、弁護士に依頼して、会社都合で退職できるようB社と交渉してもらうことが1つの選択肢になります。
そこでAさんは、友人に紹介された弁護士のD先生の事務所に相談に行くことにしました。
弁護士に支払う費用は事務所によって異なりますが、おおよそ以下のようなものがあります。
・相談料…初回1時間のみ無料、有料相談30分5000円など事務所による。相談だけして正式な依頼は無しでも構わない。
・着手金…正式に依頼すると決まったら払う。解決に至らなくても着手金は返金されない。
・成功報酬…相手方から得た慰謝料の●パーセントなど。
・日当…弁護士が遠方に出向く場合などに発生。
・実費…交通費や切手代など。依頼時に前払いしておき、使わなかった分は案件終了後に清算。
今回依頼したD弁護士は、労働問題の法律相談は無料で受けており、着手金が10万円、実費がひとまず2万円、場合によっては日当が発生、という料金体系でした。
弁護士さんに聞いたこと
Aさんはこれまでに受けたパワハラについてメモを残しており、少ないながら録音データもありました。
それらを元に、「いつ・どこで・誰から・何をされたか」を文書にし、D弁護士との相談に持参しました。
この文書を読んだD弁護士の感想は、「これはひどいパワハラですね、それに人事部長の発言も実質的な退職勧奨と見ていいでしょう」というものでした。
また、Aさんがパワハラ被害を申告した際に、社内のハラスメント相談窓口の案内が一切なかったのもおかしい、との指摘がありました。
しかし、「会社都合退職とするかどうかはあくまで会社の判断であり、交渉しても自己都合退職で終わってしまう可能性もある」とのことでした。
この相談を経て、AさんはD弁護士に正式に依頼し、会社都合での退職を求める文書をB社に送付してもらうことにしました。
パワハラによる精神的苦痛に対する慰謝料請求等は時間もお金もかかるうえ、さほどリターンも見込めないので、今回はやりませんでした。
先に書いた通り、Aさんは心療内科に通院していました。
そして、実はこの法律相談の前日に、既に「適応障害により1ヶ月の休職が必要」との診断書を医師に書いてもらっていました。
既に会社を休み始めていることもあり、会社からは「早く診断書を郵送で提出しろ」と言われていたのです。
しかし、私は「その診断書を会社に郵送するのは少し待って、弁護士さんに聞いてからにした方がいいのでは?」と思いました。
実際、D弁護士からは体調不良の原因がパワハラであることを診断書に書いてもらった方がよいというアドバイスが貰えました。
そのため、改めて主治医に「本人申告によると、パワハラが原因で~」というような文言を追加した新たな診断書を書いてもらったのです。
このようなことがあるので、ハラスメントが原因で会社と対立する可能性が考えられるケースで弁護士への相談を検討している場合は、全体的な戦略を立てるために早い段階で相談に行くのがいいのではないかと思います。
そのうえで、弁護士からのアドバイスも踏まえた診断書の作成を主治医に依頼し、会社に提出しましょう。
会社側とのやりとり
D弁護士から送付してもらった書面に対し、B社はすぐに返答をよこしてきました。
その内容は、「パワハラをしたとされる社員に確認したが、いずれも一般的な社員指導の範疇であり、パワハラに該当するとは考えていない」「退職は受諾するが、あくまで自己都合退職である」というものでした。
B社の回答のスピードの異常な速さから、パワハラに関する聞き取り調査がろくに行われていないことは明白でした。
しかし、この後3往復ほど書面のやり取りを続けたものの、B社は頑としてパワハラの存在を認めませんでした。
ここで明暗を分けたのが、録音の有無だったといえます。
先に書いた通り、Aさんは録音にスマホを使っていたため、上司から突然怒鳴られたときなどは全く録音できていませんでした。
明確な証拠がなければ、「前触れなくいきなり大声で叱責された」と本人が感じていても、会社側から「怒鳴ったような事実はなく、そもそも当該上司は大声を出すような人物ではない」と主張されたときに反論できないのです。
やはり、とっさの事態に証拠を残すためには、小型のレコーダーで常に録音しておくのが重要です。
会社都合退職ならず
3往復の書面のやり取りを経て、D弁護士からは「残念ながら、これ以上やっても誠実な対応を引き出すことは難しいだろう」との連絡がありました。
「弁護士を入れれば必ず会社都合退職にできる」ということはなく、これはあくまでも会社側の判断となるため、弁護士を入れて交渉を重ねても自己都合退職になってしまうケースはあるのです。
(※先に書いた通り、このことは最初にD弁護士から説明があり、Aさんは納得の上で依頼しています)
退職後にハローワークでパワハラの事実を申告し、会社都合退職に変更するよう動いてもらうこともできますが、それも100%確実なわけではありません。
また、今回の最大の目的は「退職後すぐに失業手当をもらうこと」でしたが、幸いにもAさんは次の仕事を見つけることができたため、その必要もなくなりました。
B社にパワハラの存在を認めさせることができなかったのは残念ではありますが、AさんはB社のことを「弁護士相手に嘘をついてパワハラをしらばっくれるクソ会社」「あんなブラック企業に入ってしまったのは汚点」と割り切り、今は新天地で働いています。
パワハラを受けたらどうすべきか
先にも書きましたが、パワハラを受けたと感じたらまずレコーダーを買ってください。
自分がパワハラと感じた言動であっても、会社側に「証拠は?」と言われてしまうと、やはりメモだけでは弱いです。
また、録音があれば第三者に「これは明らかなパワハラだ」と信じてもらううえでも有用です。
「会社内で常時録音し続けることで職場環境を害した」と判断された事例もあるとはいえ、実際にハラスメントを受けているのであれば、その証拠はしっかり残しておくべきです。
また、今回のケースのように、社内で味方だと思っていた人が全くそうではなかったということもありえます。
いざというときに身を守るためにも、ハラスメントに被害に遭ったと感じた場合は、スマホではなくハンディレコーダーを持ち歩くようにしましょう。
変に超小型のものや、今風のタッチパネルのものを選ぶよりも、ポケットの中で手探りで録音ボタンが押せるようなシンプルなものがおすすめです。